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生シラスと云えばマイワシやカタクチイワシの稚魚です。 体長15mmから30mmのものを船曳き網で漁獲します。 3月に漁が始まり6月が最盛期となります。 シラスと云えば釜揚げしたものを食べるのが主な食べ方とお思いでしょうが、初夏の生シラスは特に美味しく県内ならではの一品なんですよ。 |
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土肥枇杷は、普通の黄赤色の果肉の枇杷と比べると小粒で種が大きく柔らかく傷つきやすいので市場にはあまりでまわりませんが甘味、酸味のバランスがよく優美にして美味であります。 明治初期(明治十年頃)当時の県令(県知事)が、中国を旅した友人から枇杷の種を土産としてもらい、これを県下に広げようとしたのが始まりです。 伊豆市土肥(旧土肥町)でこの枇杷が広まり、明治三十六年には陛下に献上しています。 その後、昭和に入ると二百戸の農家で栽培され、生産量が増し、東京へも出荷するなど最盛期を迎えました。 しかし、この土肥枇杷に壊滅的被害を与えたのが、昭和三十四年の伊勢湾台風でした。 土肥枇杷は浅根性であるため倒れてしまいました。 また当時はミカンブームであったことも手伝って、枇杷は二〜三戸の農家で栽培されるだけとなりました。 当時の枇杷は散在樹として残り、現在に至っています(これが、「幻のびわ」と呼ばれるゆえんです)。 しかし、昭和五十年代からこの土肥枇杷を復活させようとする活動が起こり、現在伊豆市を挙げての取り組みが行われており、農家の中にはハウスで栽培している人もいます。 市場での白枇杷の評価は年々高くなり、現在では需要に生産が追いつかない状態です。 |
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枇杷は漢方で葉の形が琵琶に似ていることから名が付けられたとも云われています。 枇杷の葉にはガン細胞を正常細胞に変えるアミグダリン(ビタミン十七)が豊富に含まれてガンを治す力があると云われ、他にも枇杷の葉茶・枇杷酒などに利用されています。 枇杷酒、枇杷ワインも土肥の名産として酒屋やコンビニ等で販売されています。 枇杷の実は六月上旬が旬、小さな花は十一月に咲きます。 |
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昭和四十年代前半まで町内でもよく見られた螢も一時期姿を消しましたが、ここ十年環境保全により小土肥大川に葦やカワニナが繁殖し源氏と平家の両螢が棲息し始めました。 雄螢の光は交尾のためのラブコールで葉に止まっている雌の光を合図に近づき交尾します。 螢が舞う時間帯は午後8時30分から一時間ぐらいです。 源氏螢は体長十ミリから二十ミリ胸背が淡い赤色、羽は黒色。平家螢は体長七ミリから十ミリであまり舞わないで源氏蛍より小さいのが特徴です。 |
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毎年、この時期より飛び魚すくい漁が盛んになりますが、土肥温泉旅館協同組合が主催する「飛び魚すくい体験」も6月より開始されます。 集魚灯の光を求めて集まるトビウオを手網で掬うというごく簡単なトビウオすくい体験を皆さんも経験してみませんか? 詳細はこちらでも紹介しております。 |
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土肥の中心街にある松原公園内にギネスブックに登録されている世界一の花時計があります。 分針は12.5m250kg、時針は8.8m200kg秒針は10.8m80kgで直径31mで世界一としてギネスブックにも記載されております。 公園内には寄り添うように黒松が仲良く立っています。 下から見上げながら柵を一周すると松は人が肩に手を廻すように見えます。 また、近くの砂浜の波打ち際に妻と夫、家族、友達などで記念の文字を書きカメラに収めると土肥の楽しい想い出ができます・・・土肥の物語の屋形海岸の恋話のように・・・恋の伝説海道散歩のマップは土肥温泉旅館協同組合(0558−98−0523)にあります。 |
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